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昨日3月11日、大きな地震がありました。皆様ご無事でしょうか。どなた様もお怪我などなさらず、ご家族もご無事でいらっしゃいますことを、お祈りするばかりです。

我が家は全員無事です。安否を気遣うコメントを下さった方がいらしたので、お伝え申し上げます。ご心配下さいましてありがとうございます。皐は大丈夫です。皆様にお願い致します。どうぞ他の方の為にお祈り下さい。


地震当時、私は委員長様と一緒に、此方でも何度かお話したことのある、リア友唯一のJUMP的同志・ちゃわの家におりました。実は、JUMPさん鑑賞会をしていたのです。SUMMARYのDVDを見ていました。侑李くんの綱渡りが終わり、最後のご挨拶が始まった頃でした。

急に家全体が大きく揺れ、物がいくつか落ちました。ちゃわの妹さんも部屋から出てらして、四人で机の下に隠れました。机の足を皆で押さえていないと、その場に居られませんでした。冷蔵庫の扉が開き、場所も動きました。戸棚の扉や、引き出しも開いていました。

生まれてから18年間の中で、一度も経験したことがない、とても大きくて、長い長い揺れでした。私達は最低限の指示をしあった後、黙っていることしか出来ませんでした。母も「こんなのは初めて」と話していました。マグニチュードは8.8、私のおりました東京23区では、震度5強を観測したと聞きました。小刻みにガタガタと揺れたかと思えば、大きく大きくユサユサと揺れました。その後も余震が、酔ってしまうくらい長く続きました。一晩たった今でも、地震の感覚が体に残っていて、揺れているような気がしています。

これは後から聞いた話ですが、今回の地震は今までに国内で起きた地震の中で最大規模であり、阪神淡路大震災の180倍のエネルギーを持っているそうです。マグニチュードが1上がる度、約32倍のエネルギーを持つことを考えれば、その凄まじさが分かるように思います。



家族でお互いに何通も何通も送り続けたメールは届かず、電話も殆んどかかりませんでした。固定電話は時々かかるようですが、携帯電話は全く繋がりませんでした。ほんの時々、無情にも「不在着信がありました」というメールが届くのみでした。

DoCoMoとauでは、すぐに災害時安否確認システムが動き始めました。しかし、繋ごうとすると「パケット通信料が発生しますが、続行しますか?」の文字が表示されました。災害時さえも、お金を払って登録しなくてはならないことに、違和感を感じました。

PCのネットもなかなか繋がらず、携帯やPCといった、現代の通信機器の無力さを思い知らされました。



続いて、帰り道に見たものをお話します。私は16時30分頃から帰宅を開始しました。私は自転車だった為、問題はありませんでした。委員長は電車でしたが、どうにか歩いて帰れる距離でした。

住宅街は、不思議とひっそりしていました。上空のヘリコプターの音だけが、不気味に耳につきました。その時は見える範囲に2台いました。その後も常に1台が見えました。朝になった今でも、時々外でヘリコプターの音が聞こえます。

電車は全て止まっていました。乗り込んでいく人たちが居たので、駅員さんにお話を伺うと、運転再開の目処は全く立たないが、とても寒いので、暖をとるために解放している、とのことでした。

道の端に、粉々になった植木鉢がありました。上を見ると、屋根の瓦が剥がれていました。瓦が落ち、植木鉢に当たって、割れたようでした。

途中で通った街で一番大きい駅の前は、バスに並ぶ人で溢れかえっていました。バスの種類にもよりますが、あるものは200人ほど並んでいるように見えました。列は横断歩道の前を塞ぐように続いていました。皆様気が急いてらっしゃる為に、道を通る人に列を譲ることはなさらず、横断歩道を渡り終えた方々が歩道に上がれずに、困っておいででした。

その人混みを抜けても、暫くは混乱の様子を強く感じました。皆様いつもの何倍も速足で、無秩序に歩いていらっしゃいました。隙間さえあれば誰かが入り込んで、ただごちゃごちゃと進みました。

途中にあった電気屋さんでは、半分以上シャッターが閉まっていましたが、少し開いて見える所に、テレビが一台置かれていて、5人ほどの方が立ち止まってご覧になっていました。



家に着いた頃には、九州に出張中の父を除き、家族がもう揃っていて、私の帰りを待っているところでした。エレベーターは止まったままでした。

我が家はとても頑丈なようで、震度5強でも殆んど揺れなかったらしく、動いていたものと言えば、日頃からよく落ちている、不安定なカレンダーケースくらいでした。



その後、お姉の部活のお友達で、帰宅が困難になった方を、うちに受け入れることになりました。初めに2人、また2人、最後に1人と、どんどん集まってきて、狭い家ながら、半ば避難所のようになりました。皆様を集める段階では、携帯サイトで繋ぐツイッターが活躍したようです。

皆で順番に蕎麦やウドンでご飯を食べて、お風呂も入らずに眠りました。夜中に何度も起きましたが、それは多分内心の緊張からだと思います。

目覚めると、ひっきりなしに緊急地震速報が流れていました。長野ではまた大きな地震が起こったと聞きました。

朝から2回ほど区役所の車が回ってきて、「電力が不足しています。電力の消費を控えて下さい。」という放送がありました。今電気を全て消し、テレビを一つだけ点けて、皆で寄り添っています。



電車が動き始めたので、お姉のお友達は先程帰りました。ご飯を食べてお家に帰れば、難儀があっても、お昼過ぎくらいまでは元気に頑張れるでしょうか。皆様がご無事で到着なさいますことを、今願っております。



災害への対策が進んできているはずなのに、沢山の方が亡くなっています。テレビを点ける度に増えていく死傷者に、心が痛みます。ご冥福をお祈り致します。

今危険な状況にある方々が、一人でも多く助かりますように。これから怪我などをなさる方が、一人でも少なくなりますように。

私の知り合いではまだ、大きな怪我などをした人はいません。家もあります。学校も大丈夫なようです。電気が点かなくて、暗くて寒くても、家族で寄り添っていれば良いのです。食料が少しずつ減っていきますが、母が頭を捻ってくれています。皐の不幸など少ないものです。私はただ祈ります。

皆様引き続きお気をつけ下さい。何方も傷付かないで下さい。私に何が出来るか分かりませんが、各々が自らの周りから、少しずつ復興していくしか無いと思います。皆様気を強くお持ち下さい。



海外の方も日本の為に祈ってくれているようですね。国連や、50の国と地域から、支援の申し入れがあったと聞きました。有難いことです。日本が、いつも周りのことを気遣う国であり、大災害があっても、強盗や強姦が横行することも無く、列もちゃんと並んで、話をよく聞くような、しっかりとした国民性であることも、関係しているでしょうか。日本は強いです。きっと復興致しましょう。


テレビには、道路を流れる船、車、そして家。渦を巻く炎。泥にまみれて元が伺えない一帯。地獄のような光景が映し出されています。朝になると明るくなるから、はっきりと見えてきて悲しいばかりです。初めはただただ呆気に取られていた私も、少しずつ慣れてきている気がします。それはまた悲しいことです。

九州にいるお父さんが、朝一番の飛行機で帰ってくるそうです。上手くいけばお昼過ぎに家に着くのですが、どうなるか分かりません。無事に着きますように。


最後に改めて皆様のご無事をお祈りし、携帯の電源を温存しようと思います。

では。
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2011.03.12 Sat l Hey!Say!JUMPさん l コメント (3) トラックバック (0) l top

コメント

No title
お久しぶりでーす

そんなに揺れたんだね!!
私は無事←聞いてない
皐ちゃんが生きてるだけでもよかった(^^)
安全な場所で地震~津波~等がおさまるまで
お過ごしくださいねm(__)m

また沢山お話できることを願っています☆
2011.03.12 Sat l けぇけぇ. URL l 編集
No title
皐さん家族の皆さんのご無事で良かったです
これからも余震が続いたりすると思いますが
お気を付けてください。
2011.03.12 Sat l もっち. URL l 編集
もっちさん!
ご心配下さいまして、本当にありがとうございました。
余震への警戒を続けながらも、私も被災された方の
ために出来ることを、一生懸命していきたいと思います★
2011.03.21 Mon l 皐. URL l 編集

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